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生きてる間すべて遠回り

mcsgsym:

逢沢りな

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逢沢りな

(出典: fuckyeahrinaaizawaroll26から)

atm09td:

逢沢りな

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逢沢りな

(出典: hajimey)

yoimachi:

逢沢りな

yoimachi:

逢沢りな

(dejimaから)

「仕事をしていて、暇だと思ったら、次の3つを考えなさい」

「汚れてないか?」
「乱れてないか?」
「足りなくないか?」

例えば、レジ担当なら「レジカウンターは汚れてないか?」、「レジ備品は乱れていないか?」、「つり銭は足りなくないか?」、「包装紙は足りなくないか?」、「買い物袋は足りなくないか?」、「プレミアムは足りなくないか?」と言う具合です。

この3つのフレーズを使って自分の周りを見渡せば、カンタンに、しかも、いくらでも仕事は見つかります。

・なんとなく「いいかげんな食事」で済ませると、
 満足感がないものだから、
 あとでついつい、また妙なものを
 だらしなく口に入れることになるんですよね。
 でも、「おいしいおにぎり1個」というのは、
 それなりに食べた気になるものなのです。
 つまりそれは、「いいかげんな食事」とはちがうらしい。
 
 あんまりおもしろいとも思わずに、
 点けっぱなしのテレビをだらだら見ていると、
 これも、満足感がないせいか、
 ちっとも楽しんだという気がしません。
 おもしろい濃いめの映画なんか観たら、
 そのあと休むにしても、仕事するにしても、
 気持ちよく取りかかれるんですよね。

 そう考えると、長い時間、
 だらだらだらだらとやり続けるような仕事は、
 終わったとしても、気持ちのいい達成感がなくて、
 気分よく「さぁ、休もう」と言えないような気がします。
 本気で取り組んで、「やった」という気がする仕事は、
 休むことも、しっかりできるような気がするんです。
 ぼくが、休み方がへただというのは、
 だらだらと「いいかげんな食事」のような
 仕事の仕方をしているせいなのかもしれない‥‥。

人の欠点が気になったら、
自分の器が小さいと思うべきです。

他人の短所が見えなくなったら相当の人物、
長所ばかりが見えてきたら大人物です。

 人生を線ではなく環ととらえてみてください。  
生活は劇的には変わりません。
 毎日のサイクルが少しずつ、変化していくだけです。  
長くまっすぐな道をたどる旅ではなく、このくりかえす毎日を、日々どれだけ理想に近づけていけるかです。  
理想の一日はどんな一日ですか?
何を習慣としてつづけている自分がいますか?
一日の終りに、どんなことを喜んでいますか?  
きっとその方がイメージしやすいはずです。
イメージしやすいものの方が、つづけられるものなのです。

(出典: ica-zakuraatm09tdから)

yoimachi:

逢沢りな

yoimachi:

逢沢りな

(atm09tdから)

「お前は何の役に立つの?」という言葉には、勿論「お前も今は役に立たないけれど、将来は役に立つだろう?それと同じだ」という含意があると思われる。子どもはこの含意を理解しない。「お前は役に立たない」と受け取る。これは、言ってはいけない言葉だ。こういう言葉が、子どもから学習自体を奪う。


子どもはどんな時に「こんなこと勉強して何の役に立つの?」というかというと、要はその分野が面白くない時、意味が分からない時、とにかくその勉強をしたくない時に言うのであって、つまり「どんな役に立つのか」→「役に立たないでしょ?」というのは勉強しないことの理由づけないし口実なのであり、飽くまで手段であって目的ではない(ソースは俺)。

つまり、こういう言葉を言う時、その子供はそもそも「その知識が役に立つとは思っていない」のだ。「役に立つ」という言葉の意味にもよるが、もしかすると実際にそうなのかも知れない。身に着けても直接使わない知識というものは、実際ある。